活動報告

FAX/はがき/メールより
「私に、何かできますか?」。障害があり、寝たきりの高齢者の枕元で訪問看護婦さんが、その方の手を握って言った言葉です。そばにいた私は、今までにない感動がこみ上げてくるのを感じました。
何もできないと思っていても、わたしたちには、優しいまなざし(温かい言葉、手のぬくもり…)いろいろとできることがあると、気づかせてくれました。
ぼくも脳性麻痺です。そして普通の学校に通っています。いじめられたりいろいろ大変です。脳性麻痺のせいでよく「ホネホネ君」とか、「足おそい奴」などいろいろ言われたりします。でも、こういう風になったのは、自分たちのせいじゃないんだから、いつでも明るく生きて生きたいです。みんな頑張って!!
聞き取りにくくて聞き返しても嫌な顔をしないで。難聴者には、はっきりした声でお願いします。
障害者の「害」。わたしはあまり好きではない。せめてひらがなで「障がい者」とすれば幾らか印象も柔らかくなるのではないでしょうか。「害」ではない。ただ不自由なだけですそしてそれは私の愛すべき個性です。
(発達障害があって)うまく遊べないけれど、一緒に遊びたいんだよ。   
「自力で頑張るのを、見守りたい」
例えば、白杖をつきながら人ごみを歩き人にぶつかりはしないか?また電車の券売機で、時間をかけながら切符の購入しているトイレで車いすから立ち上がり、便器に移ろうとしている等思わず声をかけてしまいそうになります。しかし、時間はかかるけど、必死に自力でやろうとしていると思います。もちろん、手伝ってほしいと言われれば、別ですが時間はかかっても自力で頑張っているのを見守りたいと思います。
87歳の車いすの母を介護して二十年目の今でも、その言葉を思い出します。。 
募金やボランティア
図書ボランティア
ゴミを減らすこと。
点字ブロックの上には、自転車を止めないようにする。
みんなを幸せに!伝った。
知らない子供にもあいさつをしたり、声かけをする。
元気に暮らすこと。
人を思いやること。
子供を見守ってください。
生きることは学ぶこと。生きる力を付ける。
私は目下両親の介護を致しております。私は身体が悪くなり、自分の事で精一杯なのが現実!
しかし、両親ともに老いて病ヤマイ故、各々意見と主張!たまらない時もあります。
そんな時ちょっとした優しさ「いつもありがとう、世話になって」と言ってくれたら、心安らかになって明日もがんばろうと思います。家族であっても昔から親しき仲にも礼儀ありの心を持つ事は大切ではないのでしょうか。しかし、私は友に恵まれ、いやされ、そういう老いた両親への優しさだけは持ちたい!思いやりって大切ではないでしょうか?
老いて残り少ない余世を幸福に、毎日楽しく、死の目前幸福だったと思ってもらえるような時を過ごしてもらいたい。又私も両親に対し悔いの残らぬ介護をする事によって、皆さんの話では精一杯尽くした方は悔いが残らず私の知っている方は介護を放棄し、7年以上悔いを残した姿を見て私は精一杯の愛をささげていいお別れを。そしていい天国への道を作りたいと思います。
人間です。両親を怒る時もありますけれど、心底しているのではありません。幸福探しをしているのです。
親子だから出来るけんか、きっと他人なら「さようなら」。毎日苦悩、喜びの毎日ですが、明日も笑顔で「おはよう」のあいさつをします。
あたたかな気持をたくさんの人にもらっている今に感謝し、少しでも身近な人の力になれるようになりたいです。
はじめまして
私は、感音障がいをもって産まれました。
健聴者よりも聞こえる音域が狭いのです。
特に高音域が聞こえません。
(ただし、障がい認定にはわずかに足らず、手帳は持っていません)
電子レンジを、なぜ「チンする」というのか。
車にキーを挿したままドアを開けると警告音が鳴っている…
漫画で描かれる朝の風景「朝日と『チュンチュン』のチュンチュンってなんだろう」
(すずめの鳴き声だと、30歳すぎてから分かりました)
みんな知らずに、教えられずに、ずっときました。
親さえも、わが子の状況を理解できなかったみたいです。
高音域が聞こえないということは、聞こえている音域の明瞭度も落ちるということなのです。
佐藤さん?加藤さん?
だばこ と たまご と なまこ が聞き分けられない。
洗濯機 なのか ケンタッキー なのか 分からない (爆笑)。
仲間うちでは、「るぅ姉ぇ語録」は、数え上げればきりがありません。
普通にしゃべっているのに、聞こえないなんてありえないと思いますか?
普通にしゃべっているのだから、聞こえないはずがないといわれます。
聞こえないフリしているの?って
今回、このキャンペーンを知り
是非みなさんに知ってほしいこと、心に持ってほしいこと
それを伝えたくて、メッセージを託します。
自転車のベルを鳴らし、どいてくれなくても
どうか怒らないで怒鳴らないでぶつけないで。
ひといき待って。「あれ?聞こえない人かも…」って
そんな気持の余裕を、皆が持つことができたら
世の中ももっとステキになると思うのです。
かくいう私は、40歳を過ぎて初めて、理解ある温かい仲間に恵まれ、
自分が持って産まれたものが、決して無駄ではなかったのでだと、
その欠けた能力こそが、訴えかける力を持っているのだと
実感できる、幸せな毎日を送っています。
彼らは、私の耳代わりになって、いろいろな音・声の存在を教えてくれます。
今までに、知らない音が、なんてたくさんあったことか!
大好きな鳥も、秋の夜長の虫も、オルゴールの旋律も
12弦ギターやケーナの奏でる旋律も
聞きたくて聞きたくてたまらないけれど、悲しいけれど、聞こえません。
それを、一生懸命「擬音化」して、伝えようとしてくれます。
笑っちゃうですけど、(申し訳ないけど、笑えるんです)
いつか、いそひよどりの声
一度だけでいいから、聞こえたいって思います。